ジージャー・ヤーニン応援ブログ

いいえ、女優ジージャー・ヤーニンを応援するブログですとも。

シン・エヴァンゲリオン劇場版 1

f:id:fwnk5197:20210321215136j:plain

虚血性腸炎になり入院を、と、言われたのですが、そもそも仕事復帰して2週目で、それだとまた、あらたなストレスを被るだけだろうと察し、加えて、立て続けの傷病が一年続きもう入院する金銭の余裕もないので、通院しながらにさせてください、とお願いしました。
しかし、あまりにお腹が痛い、出血もある、そもそもスポーツドリンクしか飲めないのでふらふら、ということで、結局は休みです。
毎日、懲罰的な嫌がらせを受けての勤務、もちろん、むこう側はそこをすり抜けるだけのズルい逃げは用意してます、論じるなにもありません。
まあ、さすがにもう、続けるのも身体的にみて厳しいとは知ってます。

それでも、うまくいかない、気に入らないなんぞに毎度負けてたらキリもない、というのが身上で、粘ったのこそ間違いだったのでしょうか。

気弱、というよりもっと深刻な、生きていくことの難しさに直面したいまですが、そうこう思っている間にも、被せるように、まったく不可測の事態が次々にやってきて、あらためて、この苦難を深めてくれたりします。

かれこれ、10数年話していなかった実の弟と、書類依頼で話をすることになりました。

数百万のお金を母から騙して奪い、悪態雑言をやめない。

家まで買ってもらっておきながら、それをあんなもの、といい、母が病に倒れてなお、お金を貪るばかりで、たすけて、といわれても家にも入れずに見殺し。

知らないと思っているのだろうけど、わたしはすべて知ってます。

それを綴った母の文字を見たり電話の言葉を思い出すと、いまでも涙が出ます。
それでも、10年の歳月は、懐かしさを優先させて、わだかまりを消してくれそうに思ったのですが、彼の言葉はまたまた、わたしによく、人間というものを学ばせてくれました。
クズは、屑。
それはたとえ、実の弟であれ父親であれ同じ、人間と、人間のようにふるまうだけのこころない輩とは、その身を一緒に案じてはいけないのだ、と、いうことをよく思い出させてくれました。
不幸になってほしくない、でも、その悪意のタネに水をあたえるのもまた間違いだということ。
よく、思い出しました。
しっかりしなくては、負けてはいけない、しかし、なによりヒトへのやさしいこころを失くしたら、彼らといっしょじゃないか、と、そして負けないことは勝つことじゃない、続きにたどりつくことなんだ、と。
こんなことが起こってる最中ですが、今日、ふいに復調してきたために、年に数度しかない何の予定や制約もない、どこにでもいける1日が訪れました。

こういう日は、ほんとうに無いのです。

で、そこにきてシン・エヴァンゲリオン上映なのです。

わたしは、なんとなく、この映画をみてこい、といいたいがために、運命はわたしを休みにさせたのではないかとおもいました。