ジージャー・ヤーニン応援ブログ

いいえ、女優ジージャー・ヤーニンを応援するブログですとも。

10年後

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チョコレート・ファイター、好きです、はい、大傑作です。
次回作の「チョコレート・ファイター2」を待つ今、あらためて、傑作、チョコレート・ファイターについて、いろいろと思ったりしています。
ジージャー、素晴らしいです。アクションも文句なしですが、中にはムリヤリにトニー・ジャーと比較したりするヒトもいるかもしれませんね。
わたしはジージャーが筋骨隆々になったらイヤです(笑)。
爽快さや重厚さなどなど、アクション以前のプラットホームとなる部分がそれぞれに違う魅力を備えていて、それに沿った展開となるのは当然のことだと思いますし、それで良いのではないでしょうか。
映画評の中にはずいぶんな酷評も見受けました。
物語りの深みを読み取れないヒトも多いと思います。
わたしは、ご存じのようにちょっとこの物語りの内容を深読みしたりしているのですが、そのおかげでこの物語りをつまらないとは思えなくなってしまいましたし、ずいぶん感心したりしてます。
カルマ(ジンに訪れる因果応報)、血(白血病や混血の問題)、傷という絆、恐ろしく深遠なテーマを、さりげなく連綿となぞっていて、見返して飽きない作品なのです。
ゼンをとりまく運命は、多くの複雑な物語りを語っています。
ひどいことを言うヒトも多いですね。
障害児に対して便利な解釈をして格闘技をさせてるとか、そんなふうにだけ捉えたがるような見方はどうかと思います。
そんな捉え方自体、そんな価値観を前に持ってくること自体がどうにも薄っぺらで、そうしたヒトたちの感想の方がどうにもウソ臭いとわたしは思うのです。
チョコレート・ファイターという映画の中でわたしがもっとも感心するのは、やはりジージャーによる自閉症の演技についてです。
障害者と深く関わっていると、彼女の精妙な演技の中に実にリアルな描写を見出してしまって、その演技力に驚きます。
ジージャーはなにより、この演技力をこそ評価されるべきでした。
ただ、残念なことに、この国の多くのひとたちは、普通、自閉症者の実態など知ることもないのが常であって、何がどうリアルなのかなんてわかるはずもありません。
この映画の中には、まだまだ眠っている優れた要素が多く隠されています。
10年後、この映画がどのような評価を帯びるか、いまはまだ、早すぎた傑作として一部のファンの理解しか得られませんでしたが、歳月が正しい評価を与えてくれると信じ、この映画を応援したいと思います。