ジージャー・ヤーニン応援ブログ

いいえ、女優ジージャー・ヤーニンを応援するブログですとも。

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ドラキュラZERO
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蜩の記
アフリクテッド
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アンダー・ザ・スキン
ジャッジ!
青天の霹靂
ラストミッション
闇金ウシジマくん
ゴジラ



以上、ランダムに、ここ1年前後でみた映画、洋画、邦画入り交じって100作です。
実際にはこの倍くらいの作品をみているのですが(日に2作くらいの映画を、リピートも含め年がら年中みている変人なのです)、挙げていってもキリもありませんし、比較的あたらしいということを目安に出してみました。
つまり、ここらへんの映画についてなら、わたし、穴があくほどに語れるのです(笑)。
その100作のなかから、ジージャーにこんなふうに参考にしてほしい、あるいはジージャーを演出しようとするひとびとに、こんなところを気にしてほしい、というトコロを挙げていってみようとおもいます。
実に、大ヒット作もあれば、タイトルを聞いたこともない作品まで、さまざまです。
ここに挙げていない作品で、もっと骨太で、もっと熱く語りたい作品も多々あるのですが、とりあえずランダムにサンプルしてみた、というトコがミソですね。
あいかわらず、ヒドい映画も珠玉の傑作も、この世界では玉石混合、「映画」というカンムリがつくことで一列に並ぶのです。
で、その「ヒドい」とわたしが決めつける作品ですら、熱をもって真摯に仕上げようとがんばっているひとたちがいて出来上がっているはずなのですが、では、どうしてそんな「うひゃあ」な作品になってしまうのでしょうか。
そこには、作り手が気がつかない、いや、作り手だからこそ気付かない、ある共通の問題があるように感じられます。
かといって、商業的に成功した作品が、ほんとうにひとのこころに届いて人生を変えてしまうような未曾有の傑作たりうるのかと言えば、実に、そうとも限らないとも思うのです。
そういいつつも、まずは、映画は「エンターティメイント」でなければ、そもそもが観衆に受け入れられるはずもなく、それぞれの受け手の示す、「おもしろい」や「好き」は多様で複雑なのですね。
それでも、成果を生みうる法則、これについてはシンプルです。
つまりは、そのひとの「強み」のうえに、その実績を重ね、積み上げ、迫ること、それしかありません。
そういう熱を踏襲する作品にめぐりあうことを待つよりも、みずからがそれをもとめ、成そうとすることこそ、俳優・女優と呼ばれる人種の行くべき道筋であり、分岐点にあってこの道を選び、みずからの主体性によって結果をもとめるか否かが、結局は、その人間の優れる、秀でる、という判定をあずかることになるのです。
真似や無難な手順の先に、そうした成功は待たないことでしょう。
道無き道を行け、と、わたしたちは、ジージャーを追い込むべきなのでしょうか。
わたしは、行ってほしいと願います。
なぜなら、その道の分岐点に立てるものすら限られるほど、この道は特別なものであり、ジージャーはそこに立った稀なるひとりだからです。
なら、行くべきだ、と、わたしは考えます。
それはもはや、彼女の指名だとすらおもうからなのですが、さて、現実はもうすぐ答えをだすことでしょうね。
しかし、わたしは、出来ることを、語れることを、わたしにしか出来ない「真理のヒント」とでも言った魂の提示というソフトウェア資産の提供を、ジージャーに発信してくばかりです。
さあ、急がないと!