ジージャー・ヤーニン応援ブログ

いいえ、女優ジージャー・ヤーニンを応援するブログですとも。

ジージャーの「要素」

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たとえば「GANTZ」がハリウッドで映画化されるにしても、その主役に、紅毛碧眼のマッチョが似合う、と、みなさんは思うでしょうか。
奥先生の描くいくつもの作品に貫かれているメッセージのひとつに、主人公の立ち位置の共通性というのがあります。
どの作品でもそうですが、その主人公は、弱者であるところから、膂力を支配の糧にする輩に、非力でも抗う勇気を振りしぼり、機会を得て世界に挑んでいく、という連なりで物語りは構成されていきます。
そういう世界観の物語の主人公に、ほんとうに適するのは、一見、華奢なくらに見えて、それでいて強い眼差しを持ちえるような、そういう、少年のような小柄で俊敏さを備えた俳優でしょうね。
この点から鑑みれば、実はここらへん、まったくジージャーには最適な配役ということになるのです。
逆にいうなら、マッチョでヘビーな役柄は、ジージャーには似合わないということでもあり、そもそもジージャーに備わる強み、個性、特色を踏まえなければ、ジージャーが演じるべき主役、そしてそういう「主人公」を擁する作品にはたどりつかない、ということになるでしょう。
先の「銃夢」は、そういう点ではやはり、ジージャーにふさわしい作品だったと思います。
ただ、まだまだ「華」が無い。
おおきくヒトのこころに刺さっていこう、知られることと魅了することを最速で成すのならば、ブルース・リーがかつてそうであったように、「圧倒的な」一作によってその名はしらしめられるべきだろう、と、わたしは思うのです。
省みて、ジージャーの強みとは、
その容姿と、そのアクションのポテンシャルの同居、
そして、その容姿に備わる、射るようなその眼差しの強さ
ここに集約されることでしょう。
あとからあとから、より若く、もっとアクションに秀でる女優は、これからいくらも出てくると思いますし、そこに執着してもジージャーの強みは輝かないのではないでしょうか。
ジージャーにおいて「まれ」であり「独自の強み」なのは、そのたゆまぬ努力から成り立った身体能力に、怒りをきれいに表現する特別な、その真摯な眼差しにこそあるのだと思います。
この点から、今一度、ジージャーにこそふさわしい「作品」というのをちょっと、模索してみたいと思います、しばし、お付き合いを!