ジージャー・ヤーニン応援ブログ

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デビルマン crybaby

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今回のデビルマンには、別に何も期待してません。
他意はないのですが、まあ、デビルマンの世界観にはじめて触れるヒトや、アレンジメントを堪能しながらデビルマンの「おもしろさ」に触れてみたいという、そういう層に向けての作品のように感じた、それだけだからです。
たぶん、みてみたらおもしろいのでしょう。
でもわたしからすると、途中で終わって放置されている原作版トレースのOVAアニメ「デビルマン」のほうが重要なものに感じられてしまうのです。
そのOVA版すら、いまとなっては古い作品なのですが、美しく描き込まれた世界には、いまなお見るべきものがあるように感じています。
この「デビルマン」も先の「マジンガーZ」同様、生まれてから肉付けを受け、成長してきたコンテンツの代表のようなものです。
その理由は、つまり「余白」のせいなのだとおもいます。
デビルマンのお話には、その世界の片隅に、無限にひろがる個の価値観や経験への反応を描く「余白」があります。
主人公たちですら、そのときおりの心情を掘り下げ描くことで、そのキャラクターをたくましくさせて来た感すらあります。
その最たるものは、飛鳥了の存在でしょう。
いわずもがな、このキャラクター、作者にとってさえアブストラクショナルな存在で、物語の都合で用意したはずが、そののちその物語の最大の要点を担うものに化けた、という例です。
わたしにしてみると、なんともおもしろい、というか、ほんとに豪先生の世界は深いなあ、と、幼いころから感心しまくりの問題なのですね、このこと。
なにせ、同時開始のアニメ版に出てないのですから、このこと、リアルなのです。
ともあれ、デビルマン
これ、原作版を読んでないというひと、いまだいるのでしょうか。
だとすると、それはどうにも、人生の無駄遣いのように、わたしには思えるばかりなのですが..